(7)カリコリ、カリコリ……
インディ500マイルレースのポールポジションを決める予選第1日が、雨で走行中断中。今日中に予選が開始されるのかどうか不明ですが、とりあえず、その待ち時間のあいだに、少し連載原稿を進めてみます。(5月16日未明)
(7)カリコリ、カリコリ……
さくら出版から流出したマンガ原稿が販売されていた事件の報道を目にしたとき、最初に思ったのは、「ひどい!」という怒りの感情だったことは、前回の終わりに書いた。
ここでマンガの実作者――とりわけストーリーマンガの実作者が感じる「ひどい!」は、一般の読者やマンガ家のファンたちに比べ、より深い同情を寄せていたことと思う。
マンガの描き手は、他人のマンガ作品を目にしたとき、そのシーン、そのコマのペン入れやトーン貼りといった作業過程にまで想像を巡らせてしまうクセを持っている。自分が、そのコマを描いているシーンまで想像してしまうのだ。
とりわけストーリーマンガの場合、細かい斜線の掛け合わせや流線、そしてスクリーントーンの多用など、1枚の原稿が完成するまでには、多大な手間と暇と労力がかかっている。そんな製作過程を知っていれば、精緻に描かれた絵であればあるだけ、製作にかけられた労苦のほどが偲ばれてしまうのだ(注1)。
この事件が報道されたとき、被害者のひとりとして、もっとも多くメディアに登場したのは、「漫画原稿を守る会」代表にもなった弘兼憲史氏だった。弘兼氏は、マンガの原稿を「思い出の詰まったアルバム」にたとえ、「原稿についた煙草の焦げ跡やコーヒーのシミにまで思い出がある」といった発言を繰り返していたが、実作者としては実にうなずけるコメントだった。つまり、大事にしていたアルバムを奪われ、売られてしまったということになる。
また、「作品は、わが子も同じ。自分の生んだ子供が誘拐され、人身売買されているような気分になった」と話していた女性マンガ家もいた。これも多くのマンガ家、とりわけ女性の描き手に共通の思いではなかったろうか。
しかも、この素朴な感情(怒り)は、プロだろうがアマだろうが、売れっ子だろうが人気が最低だろうが、メジャーだろうがマイナーだろうが無関係に、マンガの描き手ならば、誰でも共有できるものだった。だからこそ同人誌関係の人たちが、真っ先に支援の手をあげたのではなかったろうか。カンパという支援の形も、その延長上にあったはずである。
だが、記者会見の前後におこなわれたマンガ家のミーティングは、前にも書いたが、実質的には、さくら出版糾弾大会になっており、そこでは原稿料未払いのことも大きくクローズアップされた。つまり、経済闘争的な一面が次第に色濃くなってもきてしまったのだ。ぼくは、こちらに比重が移ると、同業者――それも支払いなどには不満を抱いていない大手、中堅出版社を足場に仕事をしているマンガ家、そして、一般の読者やファンからの支持も失うのではないかという危惧も抱いていた。話の中心が「お金」にシフトすると、会の目的やイメージが矮小化する危険があると思ったのだ。
記者会見前後のミーティングや、そこで知り合ったレディスコミック作家との立ち話でも、聞こえてくるのはレディスコミック業界の悲惨な内情ばかりだった。原稿料は安くなるばかりで、雑誌の数は多いものの、その大半は、「再録」原稿によって成り立っている。しかも、原稿の再録料さえも安くなる一方で、最近では、1ページにつき1,500円という例もあるらしい。
再録が増えれば、当然、新作が減ることになる。当然、雑誌を成り立たせるのに必要なマンガ家の数も減るばかり……というわけだ。
台所が苦しいレディスのマンガ家にとって、たとえ単価は安くても、再録は、重要な収入源になる。原稿が流出し、勝手に売られてしまうということは、再録の道を断たれることでもあり、収入が減ることにもなる。
レディスコミック業界で仕事をする女性マンガ家たちの話を聞いていると、まさに女工哀史の世界である。まるで現代の『ああ野麦峠』(注2)ではないか、『蟹工船』(注3)ではないか。そんな感想を女性マンガ家の前で口にして、キッと睨まれたこともある。
ただし、そのような状況については、ぼくは、さほど同情していない。マンガ家という職業は、自由業の典型であり、「自己責任」で選んだ仕事であるはずだからだ。それに一発逆転があり得るのもマンガ家である。
だが、レディスコミックの業界は、一発逆転という「夢」も叶えられるような状況にはないらしい。女性マンガ家の話を聞いていると、マンガ家という仕事が、パートや内職の延長のようにさえ思えてきた。ぼくは記者会見でマイクを向けられたとき、「子供たちの憧れの職業だったマンガ家が、こんな目に遭わされていると思うとたまらない」(注4)というような本音を話したが、レディスコミック業界では、そんな「夢」など、とっくに潰えているかのようだった。
実際のところ、当初からの会の活動も、「さくら出版原稿不正流出事件被害者の会」というのが正解で、このような会の名前にしておいたほうが、外部からの参加者や応援団にも誤解を与えずにすんだのではないか。「漫画原稿を守る会」という名前では、マンガ界全体のことを考えて結成された会のように見えても不思議ではない。ぼくも、そう思っていた。「目的」の案を考えたとき、その内容が大きく高邁になり、かつ抽象的になったのも、そのためだ。やはり、このあたりに、レディスコミック作家を中心とする原稿を奪われた被害者と、外部から会の活動を手伝おうとする支援者との間に、齟齬(そご)が生まれたのではなかろうか。
(つづく)
(7)カリコリ、カリコリ……
さくら出版から流出したマンガ原稿が販売されていた事件の報道を目にしたとき、最初に思ったのは、「ひどい!」という怒りの感情だったことは、前回の終わりに書いた。
ここでマンガの実作者――とりわけストーリーマンガの実作者が感じる「ひどい!」は、一般の読者やマンガ家のファンたちに比べ、より深い同情を寄せていたことと思う。
マンガの描き手は、他人のマンガ作品を目にしたとき、そのシーン、そのコマのペン入れやトーン貼りといった作業過程にまで想像を巡らせてしまうクセを持っている。自分が、そのコマを描いているシーンまで想像してしまうのだ。
とりわけストーリーマンガの場合、細かい斜線の掛け合わせや流線、そしてスクリーントーンの多用など、1枚の原稿が完成するまでには、多大な手間と暇と労力がかかっている。そんな製作過程を知っていれば、精緻に描かれた絵であればあるだけ、製作にかけられた労苦のほどが偲ばれてしまうのだ(注1)。
この事件が報道されたとき、被害者のひとりとして、もっとも多くメディアに登場したのは、「漫画原稿を守る会」代表にもなった弘兼憲史氏だった。弘兼氏は、マンガの原稿を「思い出の詰まったアルバム」にたとえ、「原稿についた煙草の焦げ跡やコーヒーのシミにまで思い出がある」といった発言を繰り返していたが、実作者としては実にうなずけるコメントだった。つまり、大事にしていたアルバムを奪われ、売られてしまったということになる。
また、「作品は、わが子も同じ。自分の生んだ子供が誘拐され、人身売買されているような気分になった」と話していた女性マンガ家もいた。これも多くのマンガ家、とりわけ女性の描き手に共通の思いではなかったろうか。
しかも、この素朴な感情(怒り)は、プロだろうがアマだろうが、売れっ子だろうが人気が最低だろうが、メジャーだろうがマイナーだろうが無関係に、マンガの描き手ならば、誰でも共有できるものだった。だからこそ同人誌関係の人たちが、真っ先に支援の手をあげたのではなかったろうか。カンパという支援の形も、その延長上にあったはずである。
だが、記者会見の前後におこなわれたマンガ家のミーティングは、前にも書いたが、実質的には、さくら出版糾弾大会になっており、そこでは原稿料未払いのことも大きくクローズアップされた。つまり、経済闘争的な一面が次第に色濃くなってもきてしまったのだ。ぼくは、こちらに比重が移ると、同業者――それも支払いなどには不満を抱いていない大手、中堅出版社を足場に仕事をしているマンガ家、そして、一般の読者やファンからの支持も失うのではないかという危惧も抱いていた。話の中心が「お金」にシフトすると、会の目的やイメージが矮小化する危険があると思ったのだ。
記者会見前後のミーティングや、そこで知り合ったレディスコミック作家との立ち話でも、聞こえてくるのはレディスコミック業界の悲惨な内情ばかりだった。原稿料は安くなるばかりで、雑誌の数は多いものの、その大半は、「再録」原稿によって成り立っている。しかも、原稿の再録料さえも安くなる一方で、最近では、1ページにつき1,500円という例もあるらしい。
再録が増えれば、当然、新作が減ることになる。当然、雑誌を成り立たせるのに必要なマンガ家の数も減るばかり……というわけだ。
台所が苦しいレディスのマンガ家にとって、たとえ単価は安くても、再録は、重要な収入源になる。原稿が流出し、勝手に売られてしまうということは、再録の道を断たれることでもあり、収入が減ることにもなる。
レディスコミック業界で仕事をする女性マンガ家たちの話を聞いていると、まさに女工哀史の世界である。まるで現代の『ああ野麦峠』(注2)ではないか、『蟹工船』(注3)ではないか。そんな感想を女性マンガ家の前で口にして、キッと睨まれたこともある。
ただし、そのような状況については、ぼくは、さほど同情していない。マンガ家という職業は、自由業の典型であり、「自己責任」で選んだ仕事であるはずだからだ。それに一発逆転があり得るのもマンガ家である。
だが、レディスコミックの業界は、一発逆転という「夢」も叶えられるような状況にはないらしい。女性マンガ家の話を聞いていると、マンガ家という仕事が、パートや内職の延長のようにさえ思えてきた。ぼくは記者会見でマイクを向けられたとき、「子供たちの憧れの職業だったマンガ家が、こんな目に遭わされていると思うとたまらない」(注4)というような本音を話したが、レディスコミック業界では、そんな「夢」など、とっくに潰えているかのようだった。
実際のところ、当初からの会の活動も、「さくら出版原稿不正流出事件被害者の会」というのが正解で、このような会の名前にしておいたほうが、外部からの参加者や応援団にも誤解を与えずにすんだのではないか。「漫画原稿を守る会」という名前では、マンガ界全体のことを考えて結成された会のように見えても不思議ではない。ぼくも、そう思っていた。「目的」の案を考えたとき、その内容が大きく高邁になり、かつ抽象的になったのも、そのためだ。やはり、このあたりに、レディスコミック作家を中心とする原稿を奪われた被害者と、外部から会の活動を手伝おうとする支援者との間に、齟齬(そご)が生まれたのではなかろうか。
(つづく)
■注1:
これはぼくの場合だが、緻密な絵を描く知人や友人のマンガ家から届いたコミックスを送ってもらったとき、作画(にかけられた労苦)にばかり意識が向いてしまうため、ストーリーにのめり込めないことさえもある。マンガ家を経験したおかげで損をしているなあ……と思うのは、こんなときのことだ。少し前、このBlogで「山本耳かき店」というマンガが面白かったことを書いたが、自分が志向していたものとは、まるでベクトルが異なっているため、純粋に楽しめてしまうのだと思う。
すがやみつるのマンガは、どちらかというと荒っぽい絵柄であると認識されているが、アシスタント時代には、もっと繊細な絵を描いていた。自分で言っても信用されないので、昔、一緒にアシスタントをしていた人の証言を紹介しておこう(つい最近になって見つけたページであります)。
■注2:
『あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史』
映画『あゝ野麦峠』
■注3:
『蟹工船 一九二八・三・一五』
(『あゝ野麦峠』や『蟹工船』の名前を出して、若いマンガ家さんに怪訝な顔をされたりもしたので、注にしておきます。もっともぼくも『あゝ野麦峠』は原作を読み、映画も見たものの、『蟹工船』のほうは教科書レベルの概略しかわからないのですが)
■注4:
第一生命ニュースリリース:“第一生命2003年 ミニ作文アンケート「大人になったらなりたいもの」過去15年の推移を見る ― 全国の子供981人の声 ― ”(4月30日付け、News No.9参照)……昔からマンガ家は子供の憧れの職業だったのですが、最近は、2年に1度くらいのペースでしか、それも女の子のほうにしか、マンガ家は登場してきません。学年誌などのアンケートでは、もう少し結果が違っているはずですが)
これはぼくの場合だが、緻密な絵を描く知人や友人のマンガ家から届いたコミックスを送ってもらったとき、作画(にかけられた労苦)にばかり意識が向いてしまうため、ストーリーにのめり込めないことさえもある。マンガ家を経験したおかげで損をしているなあ……と思うのは、こんなときのことだ。少し前、このBlogで「山本耳かき店」というマンガが面白かったことを書いたが、自分が志向していたものとは、まるでベクトルが異なっているため、純粋に楽しめてしまうのだと思う。
すがやみつるのマンガは、どちらかというと荒っぽい絵柄であると認識されているが、アシスタント時代には、もっと繊細な絵を描いていた。自分で言っても信用されないので、昔、一緒にアシスタントをしていた人の証言を紹介しておこう(つい最近になって見つけたページであります)。
■注2:
■注3:
(『あゝ野麦峠』や『蟹工船』の名前を出して、若いマンガ家さんに怪訝な顔をされたりもしたので、注にしておきます。もっともぼくも『あゝ野麦峠』は原作を読み、映画も見たものの、『蟹工船』のほうは教科書レベルの概略しかわからないのですが)
■注4:
第一生命ニュースリリース:“第一生命2003年 ミニ作文アンケート「大人になったらなりたいもの」過去15年の推移を見る ― 全国の子供981人の声 ― ”(4月30日付け、News No.9参照)……昔からマンガ家は子供の憧れの職業だったのですが、最近は、2年に1度くらいのペースでしか、それも女の子のほうにしか、マンガ家は登場してきません。学年誌などのアンケートでは、もう少し結果が違っているはずですが)
コメント
はじめまして。
以前にどなたかが「原稿は再録するのに必要だ」と言う意見をおっしゃってて、
なんだかなぁって思っていました。
(漫画家ではない)一般の賛同者はそんな事のために支持しているのでは
ないのにと。
読者にとって雑誌に再録なんて無い方が良いはずなのにと。
その辺も齟齬の一部なのでしょうね。
投稿者: T | 2004年05月18日 00:42
連載の方ですが、今回も「うーん」となってしまいました。
私は「猫の目本舗」で未払いに遭っていたのですが、原稿を断りなく
使い回されるという被害にも遭いました。
さくら出版で出したホラー誌があったのですが、作家に無断で
猫の目で作っていたホラー誌の作品を大量に再録していました。
(そんな物が出ているなんて、人に教えて貰うまで気付きませんでした。
こういった事をされている身の上だったので
「漫画原稿の所有権は漫画家にある」という守る会の目的に、
特に賛同していたのですが、実際の中身がそういったものとは遠い物だったとは
思いませんでした。
(被害に遭われた殆どの方は、前代未聞の事件に巻き込まれてパニクってたとは
思いますが)
私は原稿料未払いよりも、画像、文章の無断商用使用のほうが多くなるのでは
・・と危惧しております。さすがにN氏のような極端な人はそうそういないと
信じてますけど・・。
※「原稿無断使用されて、なんで原稿取り戻さなかったの?」と突っ込み入れられそうですがN氏は猫の目時代、事務所を転々としていたため連絡先が分からなく
なることが多く・・。(理由は分かりません。)
気が付いた時はもう、さくら出版が倒産していました。
それ以前に「まさかこんな事になるとは」という
自分自身の甘さが最大の原因かと思っています。今はデータで漫画を描いているので
原稿が行方不明になることはないのですが、何処に何を描いたか・・・ということ
は記録しています。
あと、「漫画家になりたい子供は女の子に・・」の件ですが
少女漫画雑誌の場合、初めて漫画を投稿する年齢が12,3才ってのが
今も昔もざらでして。。「漫画家になりたいっ」と思うのは女の子の方が
早いのでは?と勝手に分析しています。
(少女漫画ってのは恋愛とか、おしゃれとか、かっこいい男の子とか、、
身近な物がテーマになりやすいので、取っつきやすい・・描いてみたい
のではないかと。・・あ、これも勝手な分析ですけど)
投稿者: もんが | 2004年05月18日 04:10
>少女漫画雑誌の場合、初めて漫画を投稿する年齢が12,3才ってのが今も昔もざらでして。
手元にある別冊マーガレットの投稿ページを見てみると、18歳、16歳、21歳、14歳、15歳、19歳、21歳、22歳、24歳。
現在の少年誌では、この年齢層は考えられないですね。
少年誌とは異なり、毎月募集・発表している少女漫画誌の間口のひろさが、応募しやすい環境をつくっているとも考えられます。
投稿者: 紙魚図 | 2004年05月18日 12:21
すみません。連載(?)の文章を書く方を優先しているため、コメントに対するお礼が遅れています。申しわけありません。
>Tさん
「再録」だけでなく、「復刻」も大流行です。いずれも過去の資産をあてにしたビジネスで、新しい作品を生み出しません。コストがかからず本や雑誌を出せるのが、流行の原因なんでしょうが、まちがいなく、タコが自分の足を食べて延命しているのと変わらない商売の方法ですね。
>もんがさん
ぼくも自分の作品の原稿管理については、デタラメもいいところですが、それも、どこかに、編集者に対する信頼があるからです。本来、マンガ家と編集者は、強い信頼感で結ばれた戦友のようなところがあります。そんな信頼関係が、「甘い」と切り捨てられるようになっただけでも、N元社長のしたことは罪深いと思っています。
>女子のほうがマンガ家志望者の多いことについて
もんがさん、紙魚図さんがおっしゃっていることも一理ありますが、学年誌など、異なる媒体でアンケートをとると、男子でもマンガ家が上位に出てきたりします。
マンガ家が子供の憧れの職業でなくなっている原因のひとつには、子供たちに人気のある作品を描いているマンガ家が、マスコミに登場しなくなってきたことも関係あるように思います。豪邸に住んだり、スーパーカーに乗ったりしているマンガ家だって、かなりいるのですが、セキュリティの問題もあってか、そんな売れっ子の姿が、最近は紹介されません。そんなところにも、マンガ家志望者の子供が減っている原因があるのではないでしょうか。
投稿者: すがやみつる | 2004年05月19日 06:06