(8)マンガ原稿は財産? それとも、愛しのわが子?
(8)マンガ原稿は財産? それとも、愛しのわが子?
今回の「さくら出版不正原稿流出事件」に対応して「漫画原稿を守る会」ができたとき、マンガ家の多くが期待したのは、「マンガ原稿の所有者は誰かが明確になること」ではなかったろうか。この一点が明白でないために、警察に原稿の盗難届けを出そうとしても、受理されない事態も起きていた。
そのような事情も考慮したうえで、「そもそもマンガ原稿とは?」といったことが、もっと議論されてもよかったのではなかろうかと、いまにしてみれば思う。
「漫画原稿を守る会」、あるいは、その掲示板などで、詳しくは論議されなかった「マンガ原稿の本質」について、少し愚考をくわえてみることにする。著作権法など法律に関連した記述も出てくると思うが、もしまちがいがあったら、遠慮なく指摘していただきたい。
マンガ(だけには限らないが)原稿には、原稿料や印税を生み出す資産価値があることから、「財産権」が発生すると考えられている。この財産権の観点からマンガ原稿を見た場合、近頃では、マンガ原稿そのものがなくとも財産権は保全されると考えられているようだ。
原稿が行方不明の作品を復刻する際、昔は雑誌やゲラの誌面をトレスする方法がとられたが、最近は、をスキャナーでパソコンに取り込み、汚れなどを取ったうえで原稿として使用する例が増えている。このような方法をとったばあい、原稿から印刷した場合比べて画質は落ちるが、ストーリーを追うのに、とくに支障はない。
卑近な例で申しわけないが、最近、ぼくは某社から、あるマンガ作品を復刻出版したいとのオファーを受けた。昔、その出版社からコミックスとして出版してもらったことのある作品である。原稿は、すべて手元に残っている。その原稿を整理して渡すことになるのだろうと思ったら、原稿は不要だというではないか。20年ほど前にコミックスとして出版したときの「製版フィルム」が残っているというのだ。とっくに「絶版」になった作品なのに、少し割り切れない気持ちも残ったが、原稿のほうは写植がバラバラにはがれ落ちているし、フィルムを使うほうが、編集の手間もコストもかからずにすむだろう。こちらも手間がかからずにすむので、とりあえず了承した。
「絶版」とは、「版や紙型を壊し、増刷ができないようにすること」という意味があったはずだが、このような概念は凸版印刷の時代までのことだったらしい。かさばらないフィルムなら、亜鉛凸版や紙型に比べて保管場所のスペースも狭くてすむために、長年にわたる保管も可能なのだろう。現在のように原稿や編集された誌面がデジタル化されて保存される時代には、「版を壊す」という意味での絶版は、とっくになくなっている、ということになる。
横道にそれたが、雑誌や単行本用に使ったフィルムがあれば、あるいは、製版用のデジタルデータがあれば、ナマ原稿がなくても鮮明な複製の作成が可能になる。多少、線が汚くなるのをガマンすれば、ナマ原稿がなくても「再録」や「復刻」は可能であり、原稿料や印税も確保できることになる。そうなると、たとえば裁判を起こした場合でも、将来得られるかもしれない収入についての損害賠償請求は、却下される可能性が高い。実際、2002年8月に東京地裁が下したマンガ原稿紛失事件に関連した裁判の判決では、財産権についての損害賠償は認められていない(注1)。
この裁判の結果からもわかるように、すでに出版された雑誌や本の原稿料や印税の未払いについての支払い要求ならともかく、将来の収入などの財産権については、フィルムなどがある限り、認められないことがわかる。極論すれば、複製が原稿として使えるマンガの場合、ナマ原稿そのものには、原稿料や印税を生み出す財産としての価値などないことになるのではなかろうか。
そして、原稿不正流出(または未返却)の被害を受けたマンガ家たちも、「再録に使ってもらえるかもしれない」「別の会社で復刻してもらえるかもしれない」という予測だけでは、損害賠償も認められない可能性が高そうだ。また、確定していない将来の再録や復刻に対する損害の賠償まで求めたら、支援している人たちからまで、「少し欲が深すぎるのでは……」と思われてしまう危険も生じるだろう。
ただし、将来の出版が、他の出版社で約束されている状態なら、原稿が返却されないがために被った被害の賠償が認められることもある。(参照:「漫画原稿返却拒否事件」........この判決は1998年だが、複刻版の出版は、ナマ原稿の使用を前提としたものになっている。これが4年後の「天使のたまご」事件の判決後だったら、印刷物のクォリティの違いや完成度も証明する必要があったかも……などというのは素人考えか?)
反対に、裁判でも認めているのが「慰謝料」の部分。つまり、原稿をなくされたマンガ家の悲嘆や精神的苦痛は、裁判でも認められていることになる。
「思い出アルバム」「わが子も同様」といった「原稿(作品)に対する思い入れ」を傷つけることは、精神的苦痛を与えることになることも、とうに認められていたことになる。
「漫画原稿を守る会」を支援した被害者以外のマンガ家、一般のマンガ読者、ファンは、たぶん、こちらの精神的な苦痛に同情し、「ひどい」という怒りの感情を覚えたのではなかったろうか。少なくとも、ぼくは、財産的な被害ではなく、精神面での苦痛に同情し、支援する気になった(直接には、川島さんのホームページ作成にかかる負担を軽減するためだったが)。
(つづく)
コメント
横レス気味かもしれませんがいくつか感想を.
コミック予約などで複製原画プレゼントというやつが
ありますが最近の漫画家さんはデジタル作画,入稿を
している人が増えている為そもそも複製するための原画が
存在しないなどというケースも出てきているようです.
私自身最近経験したプレゼントで原画データを紙に印字して
作者が直筆サインを入れた物というのを貰ったことがありますがこれなどは複製原画としか呼べないですよね.
もしこれの元データがどこかで流出してそれをセーブした
媒体がまんだらけのようなところで売りに出されたら
どういうことになるのでしょう.作者の手元に元データはあるとして複製のデータからも寸分たがわぬ作品が作れたりしたら.
広兼さんがよくいうコーヒーの染みひとつなどという
情緒的な問題ではなくデータ管理的な問題へと問題は変質していくのかなあなどと愚考しました.
さらに長文で蛇足ですいませんが
最近有名漫画家の愛蔵BOXのような商品名で出される商品の中に
丸々一話分の原稿を現物に忠実に復刻したものが含まれることがありますよね.それこそ染みやホワイトでの訂正あとまで
忠実に復刻したやつ.
このような技術で復刻しておくと元の原稿と同等の品質の
作品の出版もできたりするのではと思いました.
まとまりが無い長文ですいません.以上なんとなく感じたことでした.
投稿者: やん | 2004年05月19日 10:23
>やんさん
コメントをありがとうございます。
マンガ原稿がデジタル化されつつある件については、あとで触れたいと考えていました。
すでに音楽は、CDという固定メディアでの販売をあきらめ、ネット販売に進路を変えています。出版も、こうならざるを得ないだろうと思うのですが、そこにはまだたくさんの問題が山積しています。そんなことも考えていければと思っていますが、これは、とりあえずの連載が終了したあとになる予定です。
デジタルコピーのオリジナルと複製の問題についても、音楽業界あたりの対応が研究されているはずです。
ホンモノそっくりの複製原画については、「印刷」でマンガ家の保存用とするには、コストがかかりすぎます。ホワイトの盛り上がり具合や青鉛筆のトーン指定などを再現するため、モノクロ原稿を4色以上のカラーで印刷していますから。
竹宮恵子さんが、デジタル技術でオリジナルそっくりに複製した原画の展示会をやっていましたが、目をこらして見ても、コピーだとはわからなかった……と見にいった知人のマンガ家が言っていました。原画に価値を求める場合、こちらの路線もあるのかもしれません。
投稿者: すがやみつる | 2004年05月19日 13:15
(複製原画の参考)
里中満智子先生に聞くデジタルマンガの可能性 (まんたんぷれす 第1号)
http://www.mangatown.mainichi.jp/press/p01/contents/01.html
竹宮恵子先生が語るデジタルとマンガ (まんたんぷれす 第2号)
http://www.mangatown.mainichi.jp/press/p02/contents/01.html
現在、どのような活動しているのかはわかりませんが、
デジタル漫画協会
http://www.dma-j.net/dma_page/index.html
ある漫画家の美術館に飾ってある原画はすべて複製だった、と知り合いが愚痴をこぼしておりました。
劣化・盗難は防ぎたい、生原稿は見たい。
かねあいが難しいところかもしれません。
投稿者: 紙魚図 | 2004年05月19日 16:44
>紙魚図さん
リンクの紹介をありがとうございます。
デジタル漫画協会は、スタートしてからだいぶ経ちますが、とりたてて、これといった活動はしていないみたいですね。
マンガのデジタル化については、作画のデジタル化と、流通のデジタル化の両面があると思うのですが、マンガ家の場合、前者にしか興味がない人が多いようです。ぼくの興味は、FAXを導入した頃から、圧倒的に後者という変わり者ですが。
それにつけても、このBlogにアクセスしてくださる人にMacユーザーの多いこと。Windows XPの33パーセントに対抗してMacが31パーセント。「漫画原稿を守る会」関連の書き込みがスタートするまでのMacユーザーの率は5パーセント前後でしたから、いかにマンガ関連の人が多くアクセスしているかですね。Macはマンガ家のなかでは大きなシェアを占めていますので。
投稿者: すがやみつる | 2004年05月20日 05:29
>「漫画原稿を守る会」を支援した被害者以外のマンガ家、一般のマンガ読者、ファンは、
>たぶん、こちらの精神的な苦痛に同情し、「ひどい」という怒りの感情を覚えたのではな
>かったろうか。少なくとも、ぼくは、財産的な被害ではなく、
私のこの事件についての感想は全く逆でした。
といっても、別に反対意見とかではなく、そういう奴もいましたということで。
投稿者: 餅 | 2004年05月21日 02:55
>餅さん
なるほど。了解です。
ぼくもアシスタントを多数かかえる現役マンガ家だったら、案外、同じ感想だったかもしれません。
投稿者: すがやみつる | 2004年05月21日 03:01