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  <title>すがやみつるの雑記帳</title>
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  <modified>2007-04-18T23:06:30Z</modified>
  <tagline>　マンガ家・すがやみつる＆小説家・菅谷充のblog「雑記帳」です。日記とは別に、日々の雑感や読み物風の文章を綴っています。
（当ブログで扱うテーマ、題材と無関係のトラックバック、コメントは削除させていただきます）


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  <copyright>Copyright (c) 2007, msugaya</copyright>
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    <title>ブログを閉鎖します</title>
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    <modified>2007-04-18T23:06:30Z</modified>
    <issued>2007-04-19T08:03:24+09:00</issued>
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    <created>2007-04-18T23:03:24Z</created>
    <summary type="text/plain">　大学生活も３年目に入り、ゼミがはじまりました。今後、卒論に向けての実験や研究が忙しくなり、同時に仕事も少し増やすことから、手がけているサイトの数を減らすことにしました。 　こちらのブログも、ほとんど更新できない状態ですので、閉鎖ささせていただくことにしました。 　とりあえず日記だけは続ける予定ですので、よろしければ、そちらをご覧ください。 　http://www.m-sugaya.com/nik...</summary>
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    <dc:subject>雑談</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　大学生活も３年目に入り、ゼミがはじまりました。今後、卒論に向けての実験や研究が忙しくなり、同時に仕事も少し増やすことから、手がけているサイトの数を減らすことにしました。</p>

<p>　こちらのブログも、ほとんど更新できない状態ですので、閉鎖ささせていただくことにしました。</p>

<p>　とりあえず日記だけは続ける予定ですので、よろしければ、そちらをご覧ください。</p>

<p>　http://www.m-sugaya.com/nikki/<br />
</p>]]>
      
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    <title>雑談スレッド（2007年春～夏）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000281.html" />
    <modified>2007-04-04T17:21:53Z</modified>
    <issued>2007-04-05T02:17:57+09:00</issued>
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    <created>2007-04-04T17:17:57Z</created>
    <summary type="text/plain">　春ですね。こちらは無事に大学３年生になれました。今月からは、いよいよゼミも始まり、来年の卒論に向けての準備がはじまります。 　最近の動向は「日記のページ」をご覧ください。 　ネット関係ではmixiに主軸を置いて活動しています。ただしmixiでは、学業の話題が多いため、マイミクシィは実際に知っている人のみに限定させていただいております。 ...</summary>
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    <dc:subject>雑談</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　春ですね。こちらは無事に大学３年生になれました。今月からは、いよいよゼミも始まり、来年の卒論に向けての準備がはじまります。</p>

<p>　最近の動向は<a href="http://www.m-sugaya.com/nikki/">「日記のページ」</a>をご覧ください。</p>

<p>　ネット関係ではmixiに主軸を置いて活動しています。ただしmixiでは、学業の話題が多いため、マイミクシィは実際に知っている人のみに限定させていただいております。<br />
</p>]]>
      
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    <title>雑談スレッド（秋～冬）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000277.html" />
    <modified>2006-10-02T11:47:37Z</modified>
    <issued>2006-12-31T20:45:05+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2006:/blog//3.277</id>
    <created>2006-12-31T11:45:05Z</created>
    <summary type="text/plain">　とりあえず掲示板がわりの新スレッドを作成しましたが，仕事と大学の授業とに追われ，あまり対応できそうにありません．とりわけ大学の授業にあえいでおりまして，ヒイヒイしています． （句読点が「，．」になっているのも，レポート書きの途中だからでありまして……） ...</summary>
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    <dc:subject>雑談</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　とりあえず掲示板がわりの新スレッドを作成しましたが，仕事と大学の授業とに追われ，あまり対応できそうにありません．とりわけ大学の授業にあえいでおりまして，ヒイヒイしています．</p>

<p>（句読点が「，．」になっているのも，レポート書きの途中だからでありまして……）<br />
</p>]]>
      
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    <title>雑談スレッド2006年初夏～夏</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000275.html" />
    <modified>2006-05-20T03:00:17Z</modified>
    <issued>2006-08-31T13:13:17+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2006:/blog//3.275</id>
    <created>2006-08-31T04:13:17Z</created>
    <summary type="text/plain">　すみません。コメントスパム対策をしている途中で表示がおかしくなってしまったため、雑談スレッド４月分を一度削除させていただきました。 　トラックバックをくださったYOUさん、申しわけありません。もしよろしければ、またトラックバックしてください。 ...</summary>
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      <![CDATA[<p>　すみません。コメントスパム対策をしている途中で表示がおかしくなってしまったため、雑談スレッド４月分を一度削除させていただきました。</p>

<p>　トラックバックをくださったYOUさん、申しわけありません。もしよろしければ、またトラックバックしてください。<br />
</p>]]>
      
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    <title>同級生からの手紙：貸本屋のオバサン、健在なり</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000276.html" />
    <modified>2006-11-08T18:58:46Z</modified>
    <issued>2006-08-22T06:55:37+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2006:/blog//3.276</id>
    <created>2006-08-21T21:55:37Z</created>
    <summary type="text/plain"> 　先月、高校の同級生（女性）から手紙が届いたのですが、先週、やっと手紙の主と連絡がついて、Blogへの転載許可をもらいました。以下に、その内容を紹介させていただきます。...</summary>
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    <dc:subject>「仮面ライダー」青春譜</dc:subject>
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      <![CDATA[<p><a href="http://www.m-sugaya.com/blog/kashihon.html" onclick="window.open('http://www.m-sugaya.com/blog/kashihon.html','popup','width=640,height=542,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.m-sugaya.com/blog/kashihon-thumb.jpg" width="160" height="136" alt="貸本マンガ＆劇画" align="right" /></a><br />
　先月、高校の同級生（女性）から手紙が届いたのですが、先週、やっと手紙の主と連絡がついて、Blogへの転載許可をもらいました。以下に、その内容を紹介させていただきます。</p>]]>
      <![CDATA[<div style="color:#ffff00;margin-left:40px;">
<strong>■同級生からの手紙</strong>

<p>　ご無沙汰していますが、お元気ですか？ </p>

<p>　先月、富士に帰って父方の伯母に会ったのですが、その時、菅谷くんの話が出ました。 </p>

<p>　伯母は昔、中島（註：地名）で「Ｓ文庫」という貸本屋をやっていたのですが、そこに菅谷くんがマンガを借りに来ていたと言っています。ご記憶にありますでしょうか？ </p>

<p>　自分の店でマンガを借りていた菅谷くんが東京へ行ってマンガ家になったと、とてもうれしそうに話していました。 </p>

<p>　それはいいのですが、なぜか伯母は、菅谷くんが「やくみつる」のペンネームでマンガを描いていると思っていて、私が、やくみつるは別人だと言ってもなかなか信じません。 </p>

<p>　そこでお願いなのですが、「すがやみつる」の名前が入ったマンガの作品（雑誌の連載マンガのコピーでもかまいません）があったら、それにサインして送っていただけないでしょうか。 </p>

<p>　ついでに菅谷くんの最近の写真も送っていただければ、テレビに出演している「やくみつる」とは別人だと分ると思います。 </p>

<p>　伯母は少々呆けてきましたが、相変わらず元気で口うるさいおばさんです。息子が10年前に亡くなったので、今は息子の奥さんと暮しています。 </p>

<p>　勝手なお願いで申し訳ありませんが、菅谷くんの作品を見たら、きっと伯母も喜ぶと思うので、よろしくお願いします。 </p>

<p>　それではまた。 </p>

<p>　菅谷様 </p>

<p>　2006/7/4 </p>

<p>　（署名） </p>

</div> 

<p>　この貸本屋さん、よおおぉぉぉぉく憶えています。この貸本屋は、わが家と高校との中間地点にあって、毎日のように通っていました。仕入れの相談にまで乗っていましたが、だんだん客足が途絶えるようになり、仕入れる本も少なくなってきたため、ぼくは貸本劇画の出版社から、直接、購入するようにもなりました（直接買うと、原画がオマケにもらえた）。 </p>

<p>　いつも白い割烹前掛けをつけて、眼鏡をかけた目が、絶えずニコニコしていたおばさんでしたが、名前を憶えられていたのは、貸本の貸し出し帳に名前を書いていたからかもしれません。確かに、いいお得意さんだったはずです。高校卒業後は、この貸本店に行ったことはありませんが、ぼくがマンガ家になったことは、近所の人にでも聞いたのかもしれませんね。この店は、ぼくが上京した後、貸本屋を畳んだ、という話だけは聞いていました。 </p>

<p>　でも、高校生時代に通い詰めた、この貸本屋が、ぼくのマンガ家への夢を育んだ「環境」のひとつであったことは間違いありません。 </p>

<p>　はいはい、すぐに著作と写真を送ることにします。高校時代の写真も複写して送れば、顔も思い出してくれるかな？ </p>

<p>　それにしても当時通っていた高校の同級生の伯母さんだったとは、思いもしませんでした。 </p>

<p>　ちなみに、ぼくの貸本体験については、以下に記載しています。 </p>

<p>　　→ <a href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/cat_cat40.html ">http://www.m-sugaya.com/blog/archives/cat_cat40.html </a></p>]]>
    </content>
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    <title>雑談スレッド2006年３月</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000272.html" />
    <modified>2006-03-10T15:26:45Z</modified>
    <issued>2006-03-31T16:59:00+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2006:/blog//3.272</id>
    <created>2006-03-31T07:59:00Z</created>
    <summary type="text/plain">　大学が春休みの間に、必死に仕事しています。そのため、新しい掲示板をつくるのを忘れてしまいました。 　大学生活は順調で、１年目の春学期、秋学期に受講した20科目（40単位）は、予期せぬ好成績で切り抜け、無事レベル２（２年生）に進級できることになりました。ただし、１年目は授業優先で仕事をそっちのけにしたので、そのツケがまわってきています。そのため、この先は、仕事にも時間を割かなければいけません。 　...</summary>
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    <dc:subject>雑談</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　大学が春休みの間に、必死に仕事しています。そのため、新しい掲示板をつくるのを忘れてしまいました。</p>

<p>　大学生活は順調で、１年目の春学期、秋学期に受講した20科目（40単位）は、予期せぬ好成績で切り抜け、無事レベル２（２年生）に進級できることになりました。ただし、１年目は授業優先で仕事をそっちのけにしたので、そのツケがまわってきています。そのため、この先は、仕事にも時間を割かなければいけません。</p>

<p>　仕事は、マンガ、小説とも、あれこれと新しい連載やシリーズがスタートする予定です。<br />
</p>]]>
      
    </content>
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    <title>雑談スレッド2006年２月</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000270.html" />
    <modified>2006-03-10T15:26:45Z</modified>
    <issued>2006-02-28T20:18:42+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2006:/blog//3.270</id>
    <created>2006-02-28T11:18:42Z</created>
    <summary type="text/plain">　2006年がスタートしたと思ったら、あっというまに２月。こちらは大学の期末レポートが集中し、そちらを優先しているために、仕事も遅れ遅れの状態です。今週でレポートも片づき、３月いっぱいまで春休みになりますので、その間に、集中して仕事（小説＆マンガ）をする予定です。 　写真は、本日（２月２日）、玉川上水取水堰の取材に出かけたついでに立ち寄った青梅市の赤塚不二夫記念館前での一コマです。クリックすると大...</summary>
    <author>
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    <dc:subject>雑談</dc:subject>
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      <![CDATA[<p><a href="http://www.m-sugaya.com/gif/shiee.jpg" target="_top"><img src="http://www.m-sugaya.com/gif/shiee.jpg" width="160" height="151" border="1" hspace="5" vspace="5" align="right" alt="赤塚不二夫記念館でシェー！"></a>　2006年がスタートしたと思ったら、あっというまに２月。こちらは大学の期末レポートが集中し、そちらを優先しているために、仕事も遅れ遅れの状態です。今週でレポートも片づき、３月いっぱいまで春休みになりますので、その間に、集中して仕事（小説＆マンガ）をする予定です。</p>

<p>　写真は、本日（２月２日）、玉川上水取水堰の取材に出かけたついでに立ち寄った青梅市の赤塚不二夫記念館前での一コマです。クリックすると大きな画像が出ます。記念館は平日のせいか、閑散としておりました(;_;)。</p>]]>
      
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    <title>『こんにちはマイコン』が紀伊國屋書店の書評に</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000271.html" />
    <modified>2006-03-10T15:26:45Z</modified>
    <issued>2006-02-18T00:31:59+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2006:/blog//3.271</id>
    <created>2006-02-17T15:31:59Z</created>
    <summary type="text/plain">　古くからのネット仲間から、紀伊國屋書店の書評ブログ「KINOKUNIYA 書評空間 BOOKLOG」に、拙著『こんにちはマイコン』が採り上げられていると教えていただきました。 　こんな古い作品を採り上げてくださったのは、関東学院大学の岡嶋裕史助教授。ラグビーでは我が早稲田大学とライバルで、大学選手権で大勝させていただいたばかりなのに、申しわけありません（笑）。 　なお、このブログから「bookw...</summary>
    <author>
      <name>msugaya</name>
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    <dc:subject>マンガ・まんが・漫画</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.m-sugaya.com/blog/">
      <![CDATA[<table cellpadding="5" cellspacing="0" border="0" align="right"><tr><td align="center"><img src="http://www.m-sugaya.com/arashi/gif/konmai-01.jpg" width="128" height="180" border="1" hspace="5" vspace="5" alt="『こんにちはマイコン』(1)"></td></tr><tr><td align="center"><img src="http://www.m-sugaya.com/arashi/gif/konmai-02.jpg" width="126" height="180" border="1" hspace="5" vspace="5" alt="『こんにちはマイコン』(2)"></td></tr></table>　古くからのネット仲間から、紀伊國屋書店の<a href="http://booklog.kinokuniya.co.jp/okajima/archives/2006/02/post_18.html">書評ブログ「KINOKUNIYA 書評空間 BOOKLOG」</a>に、拙著<a href="http://www.m-sugaya.com/arashi/pc-index.htm">『こんにちはマイコン』</a>が採り上げられていると教えていただきました。

<p>　こんな古い作品を採り上げてくださったのは、関東学院大学の岡嶋裕史助教授。ラグビーでは我が早稲田大学とライバルで、大学選手権で大勝させていただいたばかりなのに、申しわけありません（笑）。</p>

<p>　なお、このブログから「bookwebで購入」をクリックすると、エラーになってしまいますが、復刻版なら購入可能ではなかろうかと思います。試しに紀伊國屋書店の店頭在庫を確認したら、新宿本店にのみ在庫がありました（在庫僅少なので、たぶん１冊だけ）。<br />
<blockquote><br />
<a href="http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9975835325" target="_blank">トラウママンガブックス『ゲ－ムセンタ－あらしＶＳマイコン電児ラン』（すがやみつる／英知出版／2002年６月刊／3,360円）</a></p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4754232143/mitsurusugaya-22/ref%3Dnosim/" target="_blank">アマゾンにも在庫が１冊</a><br />
</blockquote><br />
</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
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    <title>雑談スレッド2006年１月</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000269.html" />
    <modified>2006-03-10T15:26:45Z</modified>
    <issued>2006-01-31T23:59:59+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2006:/blog//3.269</id>
    <created>2006-01-31T14:59:59Z</created>
    <summary type="text/plain">　あけましておめでとうございます。 　新年早々から仕事三昧で、ブログ連載の続きも書けません。 　とりあえずこちらを掲示板がわりにでもお使いください。 　とりあえず私の近況としては、１月16日創刊の「エキサイター」（バウハウス）という雑誌で、『ゲームセンターあらし』の短編マンガ連載がスタートします。この原稿にかかっていたため、今年は正月もなし。今朝、入稿が終わったので、今日１日が正月休みとなります。...</summary>
    <author>
      <name>msugaya</name>
      <url>http://www.m-sugaya.com/</url>
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    </author>
    <dc:subject>雑談</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.m-sugaya.com/blog/">
      <![CDATA[<p>　あけましておめでとうございます。</p>

<p>　新年早々から仕事三昧で、ブログ連載の続きも書けません。</p>

<p>　とりあえずこちらを掲示板がわりにでもお使いください。</p>

<p>　とりあえず私の近況としては、１月16日創刊の「エキサイター」（バウハウス）という雑誌で、『ゲームセンターあらし』の短編マンガ連載がスタートします。この原稿にかかっていたため、今年は正月もなし。今朝、入稿が終わったので、今日１日が正月休みとなります。</p>

<p>　休みの間に大学の英語の課題を片づけなくてはいけません。最近、日本国内で起きている政治、経済、社会、スポーツのイベントの中から気になるものを選び、その内容についてチューターに手紙を書くという課題です。なぜ、そのイベントが気になったかの理由も選ばないといけません。もちろん、すべて英語です。</p>

<p>　……というわけで、本年もよろしくお願いいたします。<br />
</p>]]>
      
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>『仮面ライダー青春譜』第４章　アシスタントから編集者へ(17)</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000268.html" />
    <modified>2006-03-25T18:29:18Z</modified>
    <issued>2005-12-05T00:57:33+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2005:/blog//3.268</id>
    <created>2005-12-04T15:57:33Z</created>
    <summary type="text/plain">●『赤頭巾ちゃん気をつけて』 「女性自身」に連載された五木寛之・原作、松本零士・作画の「劇画」連載は、予定どおり８回で終了することになった。しかし、劇画の連載企画そのものが終了したわけではなく、「女性自身」の編集部では、さらに話題性のある文芸作品の劇画化を目論んでいた。 「女性自身」が次の連載劇画の原作として白羽の矢を立てたのは、芥川賞を授賞し、映画化が発表されたばかりの『赤頭巾ちゃん気をつけて』...</summary>
    <author>
      <name>msugaya</name>
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    </author>
    <dc:subject>「仮面ライダー」青春譜</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.m-sugaya.com/blog/">
      <![CDATA[<p><strong>●『赤頭巾ちゃん気をつけて』</strong></p>

<p>「女性自身」に連載された五木寛之・原作、松本零士・作画の「劇画」連載は、予定どおり８回で終了することになった。しかし、劇画の連載企画そのものが終了したわけではなく、「女性自身」の編集部では、さらに話題性のある文芸作品の劇画化を目論んでいた。<br />
「女性自身」が次の連載劇画の原作として白羽の矢を立てたのは、芥川賞を授賞し、映画化が発表されたばかりの『赤頭巾ちゃん気をつけて』だった。<br />
　作者は庄司薫氏。「劇画」化は、矢代まさ子さんが担当することになった。<br />
（矢代まさ子氏の作品を「劇画」と呼ぶのは抵抗があるので、ここからは「マンガ」に統一する）<br />
　マンガの原稿に取りかかる前に、まず庄司氏に挨拶しようということで、矢代さん、「女性自身」の担当編集者、そして、ぼくの３人で、指定された銀座のウエストという名曲喫茶に出かけることになった。<br />
　この頃の庄司氏は、超多忙で、行方をくらましてばかりいた。編集者と会うのも、月に何日かだけ。庄司氏と会いたい編集者は、あらかじめ指定された時刻に、指定された場所に出かけるしか会う方法がないという話だった。<br />
　そのせいか、ウエストに着くと、あちこちのテーブルに編集者らしき男女がすわり、入口の方にギョロリと目を光らせていた。<br />
　高校を卒業するときに母が買ってくれた一張羅のスーツに身を包んだぼくは、矢代さんと編集者と一緒にテーブルについた。メニューを渡されたが、よく知らない名前の飲物ばかりが並んでいる。てっきりソーセージがついてくると思って頼んだウィンナコーヒーの飲み方がわからず、「女性自身」の編集者に教えてもらっていると、よそのテーブルにいた他社の編集者らしき人が、ぼくたちのテーブルに歩み寄ってきた。<br />
　その編集者は、ぼくの顔を覗き込むと、いきなりこういったのだ。<br />
「あの庄司先生ですか？」<br />
</p>]]>
      <![CDATA[<p>「はあ……？」<br />
　ぼくがあっけにとられていると、<br />
「ちがう、ちがう。彼は、うちの編集のお手伝いさんだよ」<br />
　と、横から「女性自身」の編集者が助け舟を出してくれた。<br />
  他社の編集者は、ぼくを庄司薫氏とまちがえたらしい。<br />
「どうも、写真と雰囲気が似てたもんで……」<br />
　といって、その編集者は去っていった。その編集者も、庄司氏には、まだ会ったことがなかったらしい。<br />
「芥川賞作家と間違えられるなんて、光栄だね」<br />
「女性自身」の編集者と矢代さんが、けらけらと笑った。<br />
　庄司薫氏が店内に姿を見せたのは、十五分ほど過ぎてからのことだ。白のスーツに身を包んだ庄司氏は、さっそうとテーブルからテーブルを飛び歩き、待たせていた編集者たちと打ち合せをかさねていく。その姿は、まさにマスコミの寵児という形容がぴったりだった。<br />
　やがて庄司氏が、ぼくたちが待つテーブルにやってきた。<br />
　庄司氏は、『赤頭巾ちゃん気をつけて』のマンガ化に関連して、いくつかの条件を出してきた。そのなかの最重要案件は、マンガの原稿を掲載前にチェックしたいというものだった。映画化が進められている折りでもあり、映画に悪い影響が出るのが心配だというのだ。<br />
　ぼくは内心、少しムッとしていた。『ようこシリーズ』をはじめとする矢代作品を貸本時代からたっぷりと読んでいて、矢代さんが、いかに優れた作品を描くマンガ家であるかを知っていたからだ。<br />
　――ひょっとするとマンガが小説を凌ぐかもしれない……。<br />
　そんなことまで、ひそかに期待していたほどだったのだ。<br />
　もちろん、原作者の前で、そんなことを口に出せるはずもない。おそらく、矢代さんも悔しい思いをしたはずだが、やはり沈黙を守っていた。<br />
　それから二週間ほどが過ぎ、第一回目の原稿の締め切りがやってきた。<br />
　マンガ家で締め切り日に原稿を仕上げてくれる人は、まずいない。矢代さんも、その例に漏れなかった。<br />
　しかし今回は、原作者サイドの事前チェックがあるので、その分、締切を前倒しにする必要があった。そのため、原稿の締切は、実際の入稿日よりも、かなり早めに設定されていた。<br />
　締切日の早朝、国分寺にあった矢代さんのお宅に伺うと、まだ原稿が終わっていなかった。あわてたぼくは、女性のアシスタントと一緒になって、仕上げを手伝うことにした。<br />
　スクリーントーン貼りを手伝おうとしたら、カッターの数が足りないという。しかたがないので、ボンナイフという小学生が鉛筆削りに使う折りたたみカミソリを借り、これでトーンを切って原稿に貼りつけた。<br />
　おかげで締切時刻に間に合ったが、もちろん締切とは、原作者に原稿を見せる約束の時刻のことである。庄司氏に原稿を見せる役目は、光文社の編集者が担当した。</p>

<p>「あのマンガの連載が、延期になった」<br />
　突然「女性自身」の担当者から連絡があったのは、二、三日後のことだった。編集者は、矢代さんの描いた原稿を、庄司薫氏本人と、映画の監督を担当していた森谷司朗監督に見せて、掲載の了解をとりつけようとした。ところが、結果はノー。編集者は、掲載を延期してほしいと要求されてしまったのだ。<br />
　映画化に当たって一年がかりで改訂をかさね、ようやく決定稿に漕ぎつけたばかりのシナリオのファースト・シーンと、矢代さんが描いたマンガのファースト・シーンが、まったく同じだったという。矢代さんのマンガのファーストシーンは、原作にはない矢代さんが独自に考えたものだった。もちろん映画のシナリオなど読むチャンスもない。主人公の薫クンが、広い川の河川敷のようなところを歩くシーンだったが、似たのは、まったくの偶然だ。<br />
　映画が公開される前にマンガが出ると、映画がマンガを真似したと思われかねない――というのが、ノーの理由だった。映画の公開後だったら、いつ掲載してもかまわないというのだが、マンガ化に当たっての条件に、このチェックが含まれていたため、これは呑むしかなかった。<br />
「女性自身」の編集部は、頭をかかえた。すでに連載劇画のページ枠を取ってあるのだ。八ページというストーリーマンガにしては短いページ数だったが、女性週刊誌にしては、大盤振る舞いのページ数だった。<br />
　すでに締切が迫っていたため、他のマンガ家に連載を依頼する時間もなく、一回は、穴埋めの企画でページが埋められることになった。<br />
　だが、次の週には「劇画」の連載をスタートさせたいという。そこで再び白羽の矢が立ったのが、五木寛之氏の小説だった。<br />
「女性自身」では、数ある五木氏の傑作短編小説のなかから『海を見ていたジョニー』を第一候補に選ぶと、五木氏に劇画化の許可を求めにいった。<br />
　ところが五木氏は、『海を見ていたジョニー』の劇画化に当たり、事前に担当する劇画家の絵を見せてほしいといってきたらしい。前回、五木氏の作品を劇画化した松本零士氏の絵が、あまりお目にめさなかったらしいのだ。担当していたぼくは、まるで違和感を感じていなかったのだが、五木氏は、もっと劇画劇画した絵柄が望みだったらしい。<br />
『海を見ていたジョニー』は、ぼくも読んでいた。青春小説の傑作である。この作品を劇画化できるとしたら、それは、ひとりしかいない。しかも五木氏も絶対に気に入るはずだという確信があった。<br />
「女性自身」の編集者と鈴木プロの社長が、候補となるマンガ家の名前をあげているところに、ぼくは生意気にも口を挟んだ。<br />
「『海を見ているジョニー』を劇画化できるのは、宮谷さんしかいないと思います」<br />
　宮谷さんとは、もちろん宮谷一彦さんのことだ。<br />
　鈴木社長は、目玉をギョロリと回してぼくを見た。<br />
「うん、いい、彼ならピッタリだ！」<br />
　元「ＣＯＭ」の編集者で、宮谷氏のデビューにも立ち会っている社長は、何度も首を縦に振った。<br />
「誰、それ？」<br />
「女性自身」の編集者は、宮谷さんを知らなかった。もちろん五木氏も知らないだろう。そこで、ぼくが持っている宮谷さんの作品の切り抜きを「女性自身」の編集者に渡し、それを五木氏に見てもらうことになった。<br />
　ぼくは、宮谷さんのほぼ全作品をスクラップしてあった。このスクラップを「女性自身」の編集者に預けたのだ。<br />
　スクラップの表紙には、この直前に公開されて大ヒットした映画『イージーライダー』の中で使われていたステッペン・ウルフの歌、『ワイルドで行こう（Born to be Wild）』の歌詞を英語で書き連ねてあった。いまにして思えば実に恥ずかしい行為だが、当時は、そういう時代でもあったのだ。</p>

<table cellpadding="5" cellspacing="1" border="0" align="center" bgcolor="#999999"><tr><td align="center" bgcolor="#ffffff">
<a href="http://www.m-sugaya.com/blog/pics/miyaya_01.jpg" target="_blank"><img src="http://www.m-sugaya.com/blog/pics/miyaya_01.jpg" width="120" height="160" border="1" alt="『ねむりにつくとき』（「ＣＯＭ」月例新人賞受賞作）" /></a>
</td><td align="center" bgcolor="#ffffff">
<a href="http://www.m-sugaya.com/blog/pics/miyaya_02.jpg" target="_blank"><img src="http://www.m-sugaya.com/blog/pics/miyaya_02.jpg" width="160" height="120" border="1" alt="『不死鳥JYO』（小学館「ボーイズライフ」掲載）" /></a>
</td><td align="center" bgcolor="#ffffff">
<a href="http://www.m-sugaya.com/blog/pics/miyaya_03.jpg" target="_blank"><img src="http://www.m-sugaya.com/blog/pics/miyaya_03.jpg" width="120" height="160" border="1" alt="『７５Ｃ（セント）のブルース』（「少年サンデー」掲載）" /></a>
</td><td align="center" bgcolor="#ffffff">
<a href="http://www.m-sugaya.com/blog/pics/miyaya_04.jpg" target="_blank"><img src="http://www.m-sugaya.com/blog/pics/miyaya_04.jpg" width="120" height="160" border="1" alt="『ＧＰ魂』（「少年サンデー」連載）" /></a>
</td></tr></table>]]>
    </content>
  </entry>
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    <title>『仮面ライダー青春譜』第４章　アシスタントから編集者へ(16)</title>
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    <modified>2006-03-10T15:26:45Z</modified>
    <issued>2005-11-30T15:37:07+09:00</issued>
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    <created>2005-11-30T06:37:07Z</created>
    <summary type="text/plain">●『燃えろ南十字星』に原画で再会 　昭和45年……この頃から、一般週刊誌にもマンガや劇画が連載されるようになってきた。ぼくがときおり取材を手伝っていた『女性自身』でも、劇画の連載を始めることになった。 『女性自身』での劇画連載第１作は、五木寛之氏の小説だった。北欧シリーズの一篇で（「霧のカレリア」だったかな？　記憶がさだかでなくてすみません）、松本零士氏が作画を担当した。そして、このページの編集を...</summary>
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    <dc:subject>「仮面ライダー」青春譜</dc:subject>
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      <![CDATA[<p><strong>●『燃えろ南十字星』に原画で再会</strong></p>

<p>　昭和45年……この頃から、一般週刊誌にもマンガや劇画が連載されるようになってきた。ぼくがときおり取材を手伝っていた『女性自身』でも、劇画の連載を始めることになった。<br />
『女性自身』での劇画連載第１作は、五木寛之氏の小説だった。北欧シリーズの一篇で（「霧のカレリア」だったかな？　記憶がさだかでなくてすみません）、松本零士氏が作画を担当した。そして、このページの編集を鈴木プロが請け負うことになり、ぼくが担当編集者に指名されたのだ。<br />
　この劇画（この頃は、ストーリーマンガだったら、なんでもかんでも劇画にされていた）は、毎週８ページという短いものだったが、松本氏の筆が遅く、毎回、泊り込みをしないと原稿がもらえなかった。<br />
　締め切り時間が過ぎても原稿ができず、とりあえず、ネームだけとりにいく。ネームとは、もちろんマンガのセリフのこと。これを写真植字（写植）に打ち出してもらっているあいだに原稿を進めてもらい、完成した原稿に、その場で写植を貼りつけるのが毎回の恒例になって。</p>]]>
      <![CDATA[<p>　しかし、ネームだけ入った原稿用紙－－それもスケッチブックを切り離した厚い画用紙だ－－の上にトレーシングペーパーを重ね、セリフを書き写していくのだが、その字が独特の崩れた字で、さっぱり読めないのだ。松本氏は、ネームだけ入れると、どこかに出かけてしまうため、夫人の牧美也子氏に、読めない文字を教えてもらいながらネームを書き写すことが多かった。<br />
　この連載の担当をしているときに、ぼくは、松本氏の家の応接間で、思わぬものに遭遇した。応接間にあった暖炉のなかに古いマンガの原稿が押し込められているのを見つけたのだが、そこには、なんと、あの「燃えろ南十字星」の原稿があったのだ。そう、小学生のとき、ぼくがマンガを描きはじめるきっかけになった作品だ。<br />
　ぼくは、原稿の完成を待つあいだ、このナマ原稿に読みふけった。零戦が、グラマンが画面の上で躍る『燃えろ南十字星』の原稿は、八年か九年前に描かれたものだったが、このときでも充分に面白く、徹夜の原稿待ちもすっかり忘れさせてくれたものだった。<br />
　――本当は、マンガを描くために東京に出てきたんじゃなかったのか？　それが、マンガの編集をする立場になってしまっている。本当に、これでいいのか……？<br />
『燃えろ南十字星』の原稿を読んでいると、そんな言葉が脳裡に浮かんでは消えた。<br />
　会社では、あいかわらず社長から、「すがやくんは、マンガよりも編集の仕事の方が向いている」といわれつづけていた。あまり何度もいわれると、反抗したくなるのも人情だ。<br />
ぼくは、毎夜アパートに帰ると、また、こっそりとマンガを描くようになった。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>『仮面ライダー青春譜』第４章　アシスタントから編集者へ(15)</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000266.html" />
    <modified>2006-08-15T08:47:26Z</modified>
    <issued>2005-11-16T23:16:03+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2005:/blog//3.266</id>
    <created>2005-11-16T14:16:03Z</created>
    <summary type="text/plain">●もう一人の天才――ダディ・グース 　この頃は、坂口さんをはじめ、個性的なマンガ家がたくさん登場していた。マンガ界にとって、最も熱気にあふれた時代でもあったのだ。 　なかでもユニークなマンガ家を輩出していたのが双葉社の『漫画アクション』だった。同社の『漫画ストーリー』に登場したモンキー・パンチ、バロン吉元といった人たちが、それまでにないアメリカンナイズされたユニークな絵柄と構成で『漫画アクション』...</summary>
    <author>
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    <dc:subject>「仮面ライダー」青春譜</dc:subject>
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      <![CDATA[<p><strong>●もう一人の天才――ダディ・グース</strong></p>

<p><a href="http://www.m-sugaya.com/gif/goose.jpg" target="_blank"><img src="http://www.m-sugaya.com/gif/goose.jpg" width="210" height="200" border="1" vspace="5" hspace="5" alt="ダディ・グース＆矢作俊彦氏の著作。クリックすると大きな画像が表示されます。" align="right"></a>　この頃は、坂口さんをはじめ、個性的なマンガ家がたくさん登場していた。マンガ界にとって、最も熱気にあふれた時代でもあったのだ。<br />
　なかでもユニークなマンガ家を輩出していたのが双葉社の『漫画アクション』だった。同社の『漫画ストーリー』に登場したモンキー・パンチ、バロン吉元といった人たちが、それまでにないアメリカンナイズされたユニークな絵柄と構成で『漫画アクション』に新作を描き、人気を集め始めていた。<br />
『ルパン３世』のモンキー・パンチ氏は、兄弟ふたりの合作のペンネームだった。兄弟のどちらかが、時代マンガで第１回講談社新人賞を受賞していたはずだ。<br />
　バロン吉元氏は、セントラル出版という名古屋の貸本劇画専門出版社から出ていた『街』という短篇劇画誌の新人賞受賞者だった。その後、横山まさみち氏の横山プロダクションに入り、吉元正の名前で『鉄火場シリーズ』などのヤクザものを手がけていたが、『漫画アクション』に出てきたときは、絵柄も名前も変わり、西部劇や『賭博師たち』（傑作！）といった作品を手がけるようになっていた。『柔侠伝』という大ヒットが生まれるのは、この少し後のことだ。<br />
『漫画アクション』には、ほかにもユニークなマンガ作品が登場していたが、なかでも気になったのは、アメリカのパロディ雑誌『マッド』に掲載される似顔絵マンガに似たバタ臭いマンガで、作者の名前はダディ・グースといった。<br />
</p>]]>
      <![CDATA[<p>『平凡パンチ』に紹介されたプロフィールによれば、東大付属駒場高校で学園闘争をし、そのままドロップアウトしてマンガ家になったということだった（※東大付属ではなく東京教育大付属だったかもしれない。ダディ・グース氏の叔父さんだったかが、「平凡パンチ」の編集者だったと、宮谷一彦氏から聞いたことがある）。<br />
　絵柄は確かに『マッド』のマンガを下敷きにしていたが、アメリカの似顔マンガをまねるには、デッサン力が必要になる。デッサンの素養のないぼくには、逆立ちしても真似のできない絵柄だった。そのむずかしい絵柄で、オリジナルのパロディマンガを描いていたのがダディ・グースだったのだ。<br />
「ダディー・グースは天才だ！」<br />
　ぼくは心底そう思い、マンガ仲間にも触れてまわったのだが、誰も同意してくれなかった。当時のアシスタントは、劇画系の細密な描写をするマンガ家を好む傾向が強く、パロディマンガに関心を持つ人は皆無に近かった。<br />
　それは、一般のマンガ雑誌の読者にとっても同じだったらしい。たぶん人気アンケートのせいだとは思うのだが、ダディ・グースのマンガは『漫画アクション』でも、一九七四年あたりを最後に見かけなくなっていく。<br />
　その後、ダディ・グースの名前を見つけたのは、早川書房の『ミステリマガジン』誌上だった。そこで彼はレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』をマンガ化していたが、主人公であるフィリップ・マーロウの顔は、どう見ても、テレビ映画『逃亡者』で主人公のリチャード・キンブルを演じたデビッド・ジャンセンだった。<br />
　その連載と平行してだったろうか、終了後だったろうか、同じ『ミステリマガジン』に、バタ臭い感覚の横須賀の刑事を主人公にした国産ハードボイルドが掲載された。作者の名前は矢作俊彦といった。この作者の初の書き下ろし長編『マイク・ハマーへ伝言』が、光文社から出版されるのは一九七八年のことだが、その直後、『リンゴキッドの休日』も早川書房からハードカバーで出版された。<br />
　このハードボイルド作家・矢作俊彦氏こそが、マンガ家ダディ・グースの変身した姿だったのだ。矢作氏は、その後、古巣の『漫画アクション』で大友克洋氏とコンビを組み、『気分はもう戦争』の原作を手がけることになる。</p>

<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4870315505/mitsurusugaya-22/ref=nosim" target="_blank"><img src="http://rcm-images.amazon.com/images/P/4870315505.09.TZZZZZZZ.jpg" alt="本" border="1" align="left" hspace="5" vspace="5"></a><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4870315505/mitsurusugaya-22/ref=nosim" target="_blank"><b>『少年レボリューション』（ダディ・グース／飛鳥新社／2003年四月刊／2,625円）</b></a><br><br></p>

<p>※冒頭の写真は、矢作俊彦氏の作品（『リンゴキッドの休日』と『夏のエンジン』。後者は装丁がダディ・グース名義。大判の本は、2003年に復刻されたダディ・グース氏の作品集『少年レボリューション』。懐かしさにかられて、つい買ってしまいました。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>『仮面ライダー青春譜』第４章　アシスタントから編集者へ(14)</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.m-sugaya.com/blog/archives/000265.html" />
    <modified>2006-03-10T15:26:45Z</modified>
    <issued>2005-11-13T21:28:11+09:00</issued>
    <id>tag:www.m-sugaya.com,2005:/blog//3.265</id>
    <created>2005-11-13T12:28:11Z</created>
    <summary type="text/plain">●天才マンガ家・坂口尚 　一九六九年の終わり－－世の中は、来年の万博ブームに浮かれていた。マンガの方でも、講談社の『のらくろ』をはじめとする豪華本がブームになっていた。 『のらくろ』豪華本の成功に気をよくした講談社では、ヤナギの下のドジョウを狙って、いろいろな豪華マンガ集を出版することにした。 『巨人の星』『あしたのジョー』『サイボーグ００９』などの名作をカラー版の豪華コミックスとして発売するとい...</summary>
    <author>
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    <dc:subject>「仮面ライダー」青春譜</dc:subject>
    <content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.m-sugaya.com/blog/">
      <![CDATA[<p><strong>●天才マンガ家・坂口尚</strong></p>

<p>　一九六九年の終わり－－世の中は、来年の万博ブームに浮かれていた。マンガの方でも、講談社の『のらくろ』をはじめとする豪華本がブームになっていた。<br />
『のらくろ』豪華本の成功に気をよくした講談社では、ヤナギの下のドジョウを狙って、いろいろな豪華マンガ集を出版することにした。<br />
『巨人の星』『あしたのジョー』『サイボーグ００９』などの名作をカラー版の豪華コミックスとして発売するという企画である。その編集の仕事が、ぼくが勤めていた編集プロにまわってきたのだ。しかも同時に、世界名作のマンガ化まで引き受けることになった。<br />
『巨人の星』『あしたのジョー』などは、画用紙にモノクロで原稿を縮小印刷した主版というものをマンガ家の先生のところに持っていき、それに絵の具で着色してもらう。それも大量なので、それでなくても忙しいマンガ家のアシスタントたちには、露骨に嫌な顔をされたものだった。<br />
　しかし、それでも原稿はもらわないといけない。着色を担当するアシスタントの仕事を見ながら、「へぇ、すごいですねぇ」「わぁ、こんなふうにして色を塗るんですか」といちいち感心しては、アシスタントに気をよくしてもらい、なんとか、原稿を進めてもらっていた。<br />
　売れっ子マンガ家のアシスタントの仕事ぶりには、ただただ驚くことばかりだった。たった半年のアシスタント経験しかないぼくを比較の対象にするのはおかしいが、仕事は早いし、何よりもペンの使い方などが手慣れていて、実に絵がうまいのだ。そんな作業を見ているだけでも、将来、自分がマンガ家になったときのプラスになるような気になったものだ。<br />
　ところが鈴木プロの社長には、「すがやクンは、マンガが下手なんだから、マンガ家になるのは諦めて、編集者として骨を埋めたほうがいい」と、繰り返し言われていた。この年の暮れには、田舎に帰った清つねおさんが、鈴木プロの社長の名代としてぼくの家を訪ね、母に「マンガ家になるのは断念して、ぜひとも編集者に……」という言葉を伝えたらしい。それほどマンガ家としては期待されず、編集者のタマゴとしてだけ期待されていたのだった。<br />
　坂口尚さんという新人マンガ家を紹介されたのは、そんな頃（1969年の終わり）のことだった。<br />
</p>]]>
      <![CDATA[<p>　虫プロのアニメーターだった坂口さんは、マンガを描きたくて鈴木プロに所属し、ハンマー坂口というペンネームで「プレイコミック」に、軽めのアクションマンガを描いていた。<br />
　この坂口さんに、講談社の世界名作マンガのうちの一冊を依頼することになった。『トム・ソーヤの冒険』が、坂口さんの担当である。<br />
　しかし、青年誌の連載や「ＣＯＭ」の読み切りもあって、なかなか単行本にはかかれない。連載の原稿を間に合わせるため、ぼくが坂口さんの住んでいた上石神井のアパートに急行し、徹夜でベタ塗りを手伝うこともあった。<br />
　初めて手伝いに出かけたときは、アシスタントの経験があったので、簡単な背景くらいは手伝うつもりでいた。ところが原稿を見たとたん、絵の手伝いは、瞬間的に断念した。ふつうのマンガとは、描き方が異なっていたからである。<br />
　まず原稿に、鉛筆の下絵が入っていなかった。コマ割りをしてネームを描いた下絵用の薄い紙に、丸と線だけの人物を示す当たりが入っている。<br />
　その紙に別の紙を重ね、トレス台を使って下絵を透かせると、上に重ねた白紙に枠線を引く。そして、いきなり墨をつけたＧペンで、本番の絵を描いてしまうのだ。<br />
　だから、ペン入れがすんだ原稿には、鉛筆の線がない。当然、消しゴムをかける必要もなかった。背景も、さささっと、下絵もなしに描いていく。ぼくが手伝うのは、スミベタと修正のホワイトだけだった。<br />
　それまで、編集者も経験したおかげで、多くのマンガ家の仕事場を訪問していたが、こんな描き方をするのは、坂口さんだけだった。まさにアニメの出身らしい描き方でもあった。表情も何も描かれていない鉛筆の当たり線を透かせただけで、いきなりペンを入れてしまうのだ。そんな描き方を見ていると、本当に天才としか思えなかった。<br />
　その天才ぶりは、しばらくしてからもらった『トム・ソーヤの冒険』のカバー絵にも現われていた。ふつう、マンガのカラー原稿というと、にじまない製図用の黒インクでペン入れした原稿に、さくらやペンテルの水彩絵の具で、ペンの線を殺さないように、薄く着色していくものだ。だが、坂口さんのカラー原稿は、アクリル絵の具という、それまでのマンガ家には考えられない絵の具で、まるで油絵のような塗り重ねを多用した重厚なタッチで描かれていた。<br />
　さらに、見返しと呼ばれる表紙を開いた部分の絵になると、まるで、デザイナーかイラストレーターが描いたような、しゃれたデザイン感覚に満ちあふれた絵を描いていた。<br />
　おまけに原稿には、絵の具を定着させるためのフィキサチーフというスプレーがかけられていて、テカテカに輝くと同時に、カチカチに固まっていた。<br />
　さらに原稿のサイズが大きかった。マンガの原稿は、仕上がりサイズの一・二～一・三倍の大きさで描かれるのがふつうだったが、坂口さんの原稿は、二倍ほどの大きさで描かれていた。ほかに、こんな常識はずれの大きさの原稿を見たのは、ぼくがやはり編集をした故・上村一夫氏の初の単行本『アモン』だけである。『アモン』は一・五倍の大きさで描かれていた。<br />
　坂口さんは、アニメ出身ということもあり、さらに、イラスト感覚を持ち込み、それまでの常識からは、かけはなれたマンガ家だといってよかった。<br />
　その後、坂口さんは、虫プロが製作した大人向け長編アニメ『クレオパトラ』のマンガ化を手がけ、さらに、『ぼくらマガジン』で平井和正氏原作による『ウルフガイ』を連載することになる。<br />
『トム・ソーヤの冒険』のばかでかいカラー原稿を事務所に抱えて帰ったぼくは、あまりにも原稿が大きかったせいで、原稿の端で湯呑茶碗をひっくり返すミスをしでかした。しかも、そのお茶が原稿の一部にかかってしまったのだ。そこだけ絵の具が変色してしまい、ぼくは青ざめた。<br />
　しかし、さいわいにして被害は印刷に入らない部分だけですんでいた。おかげで本の進行も遅らせずにすみ、ほっと一息つくことができたのだった。<br />
　……と思っていたのだが、つい最近になって『トムソーヤーの冒険』を見たら、カラー口絵の端に、シミのようなもの……。これは、もしかして、ぼくがこぼしたお茶の跡かもしれない……。</p>

<p>■<a href="http://www.m-sugaya.com/manga/sakaguchi.htm" target="_blank">参考資料『トムソーヤーの冒険』カラーページ</a></p>

<p>追記：そういえば、今日（2005年11月13日）、<a href="http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/" target="_blank">竹熊健太郎さんのBlog「たけくまメモ」</a>に書かれていた<a href="http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_48f1.html" target="_blank">大阪万博の「太陽の塔」についての文章</a>を読んでいて思い出したのだが、坂口さんとは、講談社の子ども向け公式大阪万博ガイドブックの仕事も一緒にしたことがあった。講談社の別館に住み込み状態のカンヅメになり、和室の座卓に坂口さんとぼくがならび、ぼくが書く文章の原稿を見ながら、坂口さんがカットを描いていく仕事である。坂口さんは、シーラカンスでも何でも、下絵などなしに、いきなりペンで描いてしまうのだ。しかも、その早いこと早いこと。やはり、ここでも坂口さんは天才だった。<br />
</p>]]>
    </content>
  </entry>
  <entry>
    <title>「キャラ」と「キャラクター」アゲイン</title>
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    <modified>2006-03-10T15:26:45Z</modified>
    <issued>2005-10-25T00:08:45+09:00</issued>
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    <created>2005-10-24T15:08:45Z</created>
    <summary type="text/plain">　仕事と学業の両方が火を噴いていて、本当はブログの更新なんかしているときじゃないんですが、ちょっとメモがわりに。 　先日も触れた『テヅカ・イズ・デッド』には、「キャラ」と「キャラクター」の違いについて、著者の考えが述べられています。その考えが100％理解できているかどうかと問われると、ちょっと不安ではありますが、最初に早稲田大学エクステンションセンターの講座で、伊藤剛さんの「キャラ」と「キャラクタ...</summary>
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    <dc:subject>マンガ・まんが・漫画</dc:subject>
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      <![CDATA[<p>　仕事と学業の両方が火を噴いていて、本当はブログの更新なんかしているときじゃないんですが、ちょっとメモがわりに。<br />
　先日も触れた『テヅカ・イズ・デッド』には、「キャラ」と「キャラクター」の違いについて、著者の考えが述べられています。その考えが100％理解できているかどうかと問われると、ちょっと不安ではありますが、最初に早稲田大学エクステンションセンターの講座で、伊藤剛さんの「キャラ」と「キャラクター」についての講義を聴いたとき、「あちゃー！　もう少し早く聞いておけば良かったあ！」と声を出しそうになったのです。<br />
　その理由は、先週発売になった拙著の『マンガでわかる小説入門』にありました。<br />
　講義を聴いたときは、すでにネームも終わり、横山さんが作画に取りかかっていた部分なのですが、この本では、主人公の小説家志望の青年が書きたい小説が出てきます。<br />
</p>]]>
      <![CDATA[<p>　この青年が書きたい小説の主人公は、こんな女の子です。</p>

<blockquote><em>　上戸彩に似たスマートな体付きで、縁なしの眼鏡をかけている。目は眼鏡からはみ出しそうなほどに大きい。睫毛もバチバチだ。
　美少女の名前は美々華。眼鏡っ子美少女メイド戦士だ。
　着ているのはメイド服。スカートは破れてミニになり、網タイツのムチムチした太ももがまぶしい。パンツのレースの端がチラリと見える。ムフムフ。ブラウスも破れ、Ｇカップの胸の谷間が見えている。ドギマギ。ううう、鼻血出そう。</em></blockquote>

<p>　とにかく小説家志望の青年は、この女性主人公が活躍する小説を書くことしか考えておりません。ストーリーありきではなく、まずキャラクターありきなんですが、でも、想定している主人公に関する描写は、大半がビジュアル面――つまり外見についてだけ。<br />
　拙著の中では、小説家志望の青年が、ベテラン作家から、「主人公の履歴書を作りなさい」と指導を受けるわけなんですが、伊藤さんの講義を聴いたとき、アタシャ、ハタと膝を打つ気分になりました。<br />
「『マンガでわかる小説入門』に出てくる眼鏡っ子美少女メイド戦士こそ、まさに『キャラ』ではないか！」と気づいたからなんです。<br />
　このキャラクターの設定は、萌え系ライトノベルを参考に作ったものですが、知らないうちに「キャラ小説」の主人公の設定になっていたワケです。<br />
　履歴書を作るってのは、「キャラに人生を与えてキャラクターに育てる」ってことにもなりそうで、それで、「キャラクターには人生がある。履歴書が書ける」なんて言葉をメモすることになりました。<br />
　というワケで、もう少し早く伊藤さんの講義を聴いていたら、こちらの本でも、小説における「キャラ」と「キャラクター」の違いを明確にできたのになあ……というお話しでした。</p>]]>
    </content>
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    <title>■『仮面ライダー青春譜』第４章　アシスタントから編集者へ(13)</title>
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    <modified>2006-03-10T15:26:45Z</modified>
    <issued>2005-10-23T13:26:59+09:00</issued>
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    <created>2005-10-23T04:26:59Z</created>
    <summary type="text/plain">●『少年マガジン』の黄金時代と初めての原稿料 　ここで中心になって登場している「少年マガジン」は、この頃が、まさに黄金時代だったといえるだろう。有名な内田徹編集長のもと、「右手にジャーナル、左手にマガジン」、「１ページに１万語」といった名コピーが、次々と登場していた頃だ。 　上村一夫氏による笹沢左保原作の『見返り峠の落日』などの股旅モノなど、長編問題読み切りが、続々と掲載されていた。石森先生も、『...</summary>
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    <dc:subject>「仮面ライダー」青春譜</dc:subject>
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      <![CDATA[<p><strong>●『少年マガジン』の黄金時代と初めての原稿料</strong></p>

<p>　ここで中心になって登場している「少年マガジン」は、この頃が、まさに黄金時代だったといえるだろう。有名な内田徹編集長のもと、「右手にジャーナル、左手にマガジン」、「１ページに１万語」といった名コピーが、次々と登場していた頃だ。<br />
　上村一夫氏による笹沢左保原作の『見返り峠の落日』などの股旅モノなど、長編問題読み切りが、続々と掲載されていた。石森先生も、『リュウの道』を連載しながら『仮面ライダー』の前身となる『スカルマン』を発表していた頃だ。<br />
　表紙のレイアウトにイラストレーターの横尾忠則氏を起用したのも同じ頃である。<br />
　一九六九年暮れの講談社の話題は、一九七〇年の新年合併号（六九年末発売）で一挙に百五十万部を刷ることだった。<br />
　七〇年早々には、『あしたのジョー』は、天井桟敷の寺山修司氏の企画で、講談社の講堂にリングを特設し、ジョーのライバル・力石徹のお葬式が執り行われたりもした。<br />
『巨人の星』はアニメにもなって、「父ちゃん！」という声優・古谷徹さんのセリフが流行語になっていった。<br />
　このとき「少年マガジン」は、ただのマンガ週刊誌を超え、一種の社会現象ともいえる状態になっていた。その熱気のほどは、バブルの頃、「少年ジャンプ」が数百万部を超す発行部数を誇ったところで及ぶものではなかった。<br />
　その熱気があふれる音羽の講談社に、ぼくは、池袋から走っていた都電に乗って、毎日のように通っていた。スポーツ新聞の記者に書いてもらったプロ野球やプロレス記事の原稿をリライトしたり、色原稿の入稿も怒られながら憶えたり。「少年マガジン」の編集部だけでなく、児童部や絵本部といった部署にも出入りした。豪華版のマンガ単行本やマンガを使った絵本の編集をするためだ。といっても、ぼくの仕事のほとんどは、原稿取りなどの使いっ走りだった。<br />
</p>]]>
      <![CDATA[<p><img src="http://www.m-sugaya.com/gif/com-manga.jpg" width="261" height="664" border="0" hspace="10" vspace="10" alt="「うそつき食品」（すがやみつる作／「ＣＯＭ」1969年12月号掲載）" align="right" /><br />
「すがやくん、ちょっと四コママンガを描いてくれないか？」<br />
　いきなり社長に言われて、ぼくは、とまどった。社長からは、何度も、「きみはマンガがヘタだし、マンガでは芽が出そうにない。編集の仕事に身を埋めたほうがいい」と、繰り返し言われていたからだ。<br />
「いやね、『ＣＯＭ』に連載してるマンガ家短信のページの記事が埋まらなくてさ、急きょ、そのページの穴埋めしないといけなくなったんだ」<br />
「少年キング」を経て「ＣＯＭ」の編集に参加し、その後、独立してマンガ専門の編集プロダクションを作った社長は、「ＣＯＭ」に連載されている「マンガ家短信」のページも受け持っていた。しかし、社長を含めて総勢四人の会社である。そのうち編集経験があるのは社長も入れて二人だけ。残るは、元マンガ家アシスタントのぼくと経理の女性だけという布陣だった。<br />
　社長も営業と編集とで駆け回っているため、ときおり細かい仕事がピンチになることがあった。そのせいで、社長がみずからら担当していた「マンガ家短信」のページが落ちそうになってしまったのだ。<br />
「マンガ家短信」は、毎号、いろんなテーマを決めては多数のマンガ家に電話をかけ、取材した内容を記事にまとめて伝えるページである。これから取材して原稿を書き、そのページを写植で組んでもらって……という手順を踏んでいたら校了に間に合わないのだという。<br />
　そこで社長が考え出したのが、二ページを四コママンガ四本で埋めることだった。マンガなら、原稿さえあれば、あとはカメラ撮りして写真製版するだけだから、入稿時間が短くなる。<br />
　ベテランマンガ家の井上のぼる氏に鈴木プロ所属の長谷川法世さん、ぼくをこの会社に引っ張りこんだ清つねおさん、そしてぼくの四人が四コママンガを一本ずつ描いて、ページを埋めることになった。<br />
　とにかくなんでもいいというので、その頃、好きで読んでいた秋竜山さんのマンガをまねたナンセンス風の四コママンガを描き上げた。そして、すぐに、近所に住む長谷川さん、井上のぼるさんのところに原稿を取りにいく。清さんは、事務所の机でささっと四コママンガを描き上げてくれた。<br />
　完成した原稿を、急いで同じ池袋にあった「ＣＯＭ」の編集部に運ぶ。入稿がギリギリになったせいで編集長もカンカンだ。ひたすら謝りながら原稿を渡すと、飛ぶように事務所に逃げ帰ってきた。<br />
　まもなく給料日がやって来た。給料袋の中身は、いつもより五百円多い。社長が「こないだの『ＣＯＭ』の四コママンガの原稿料だ」と言った。マンガも給料のうちだと思っていたので、まさか原稿料なんかもらえないと思っていたぼくは、びっくりしながらも、もちろん、ありがたく頂戴した。<br />
　その頃、毎日食事に通っていた定食屋の定食が百三十円。五百円あれば三回の食事に生卵くらいはつけられる。こうして、生まれて初めてもらったマンガの原稿料は、胃袋の中に消えていったのだった。<br />
　ちなみに、この当時、フトコロがさみしくなると出かけていたのが、池袋東口の大戸屋という定食屋だった。この店のカレーライスは五十円。当時にしても格安の料金で、非常に助かったものである。その後、吉祥寺に、同じ名前の女性も入れるおしゃれな定食レストランができたと思ったら、やがて、あちこちに拡大し、いまでは、ちょっとしたターミナル駅なら、どこでも目にすることができる。その大戸屋の発祥の地が、ここ池袋東口だったのだ。かつての発祥の地には、現在、数店の大戸屋が軒を並べている。</p>]]>
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