すがやみつるに関するウワサ

「オートレーシング・フォーラム」10周年記念座談会
 すがやみつるが初代SysOpをつとめたニフティサーブ「オートレーシング・フォーラム」の10周年記念イベントの一コマ。鈴鹿サーキットで童夢の林ミノル社長、レース史家の林伸次さんと3人で、「モータースポーツ文化の創造に向けて」という高尚なテーマについて語った座談会の記録です。
私は“れっつら〜”
 松下電器製Let's Note CF-B5ERユーザーとして、広告に登場(左の「Back Issue」から「すがやみつる」を選んでください)。トラックボールが使いたくて、ノートパソコンは松下製品ばかり使っている。
インスピルーム
 赤穂のビジネスマン、インスピさんのホームページに掲載された「すがやみつる」についての一文。すがやが10数年前に書いた文章も読める。
薄井ゆうじの「くじら塾」
 小説家・薄井ゆうじさんに依頼され、薄井さんが主宰していた創作塾で講師をつとめたときの講義内容の一部。すがやは、ここで「ジャンル小説」についての私見を披露した。ちなみに薄井さんとは30年ほど前、アマチュア無線で知り合って以来のつきあい。薄井さんがデザイン会社の社長をしていた頃には、わが社のロゴマークのデザインもお願いした。
すがやみつるの『仮面ライダー』
 石森章太郎ファンクラブのメンバー山岡さんと対面したときのリポート。
朝日新聞コラム「おもしろサイト」&「ほっとマーク」
 2001年から2002年にかけて朝日新聞デジタル面で連載していたコラム。
読売新聞「人気コミック フーズフー」
 1987年に読売新聞の読書欄に掲載されたインタビューの内容。マンガ家がパソコン通信をやることが珍しかった頃。
私の石ノ森章太郎物語
 石森章太郎ファンクラブの会員だった山田恵理子さん連載のコラムに、すがやみつるが登場。ちなみに、すがやは、石ノ森先生のマンガ作品のアシスタントはしていません。石森プロという著作権管理会社のスタッフとして、マーチャンダイジング用の絵を描くため、雇われておりました。
江波じょうじ
 最初にアシスタントになった劇画家・江波じょうじ先生についての思い出を、ぼくの後にアシスタントになった広井てつおさんが書いた文章。どうやら、あの頃のすがやみつるは、「宮谷一彦風の細かいタッチ」の絵を描いていたらしい。その後、絵柄が変わったのは、「バックだけ描けてもマンガ家にはなれない」という真理に気づいたから(?)。
生まれて初めて原稿料をもらったマンガ
 1969年「COM」12月号。そのマンガはこちら

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